2008年10月06日

三国志ー孔明、五丈原に散るー

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「我ら三人、姓は違えども兄弟の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん。上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う。同年、同月、同日に生まれることを得ずとも、願わくば同年、同月、同日に死せん事を」と誓った、劉備玄徳、関羽、張飛は想い叶わず、関羽は敵の策にはまり、父子ともに討ち取られ、張飛はその後、荒くれ男に戻ってしまい己の臣下に寝首をかかれ、劉備は病いにより、それぞれに散った。

劉備の三顧の礼により、軍師となった孔明は「天下3分の計」を旗印に劉備亡き後も、夢を果たさんと孤軍奮闘で戦いを展開するのであった。84話の「三国志演義」も77話で諸葛亮孔明が五丈原において司馬懿との戦いの最中、志半ばで亡くなる。年齢は54歳のときであった。

この時の孔明の心情を後に、「星落秋風五丈原」として歌われている。

今日は、その歌詞をここに留めておきたい。


  祁山(きざん)悲秋の 風更(ふ)けて
  陣雲(じんうん)暗し 五丈原
  零露(れいろ)の文(あや)は 繁くして
  草枯れ馬は 肥ゆれども
  蜀軍(しょくぐん)の旗 光無く
  鼓角(こかく)の音も 今しづか
  丞相病 あつかりき
  丞相病 あつかりき

  夢寐(むび)に忘れぬ 君王(くんのう)の
  いまわの御(み)こと 畏(かしこ)みて
  心を焦がし 身をつくす
  暴露(ばくろ)のつとめ 幾とせか
  今落葉(らくよう)の 雨の音
  大樹ひとたび 倒れなば
  漢室(かんしつ)の運(うん) はたいかに
  丞相(じょうしょう)病 あつかりき

  四海(しかい)の波瀾(はらん) 收(おさ)まらで
  民は苦み 天は泣き
  いつかは見なん 太平の
  心のどけき 春の夢
  群雄(ぐんゆう)立ちて ことごとく
  中原(ちゅうげん)鹿を 爭(あらそ)ふも
  たれか王者の 師を學ぶ
  丞相(じょうしょう)病 あつかりき

  嗚呼南陽の 舊草廬(きゅうそうろ)
  二十余年の いにしえの
  夢はた いかに 安(やす)かりし
  光を包み 香(か)をかくし
  隴畝(ろうほ)に民と 交われば
  王佐(おうさ)の才に 富める身も
  ただ一曲の 梁父吟(りょうほぎん)
  丞相(じょうしょう)病 あつかりき

  成否をたれか あげつらふ
  一死(いっし)尽くしし 身の誠
  仰げば銀河 影冴(さ)えて
  無数の星斗 光濃し
  照すやいなや 英雄の
  苦心孤(こ)忠(ちゅう)の 胸ひとつ
  其壮烈に 感じては
  鬼神も哭(な)かむ 秋の風

  嗚呼五丈原 秋の夜半(よわ)
  あらしは叫び 露(つゆ)は泣き
  銀漢(ぎんかん)清く 星高く
  神祕の色に つつまれて
  天地微(かす)かに 光るとき
  無量の思(おもい) 齎(もた)らして
  千載(せんざい)の末 今も尚(なお)
  名はかんばしき 諸葛亮
  名はかんばしき 諸葛亮

大軍師たる孔明亡き後、孔明の立場を争う内紛が起こる。どの団体もリーダーがいる時はおとなしくしているが、亡くなると“我見”が出てくる。何代か後には衰退していくことは歴史をみても明らかではないだろうか?

人のこころは見えないがゆえに、言葉に騙される。権威(肩書き)に騙される。もう、そんなリーダーはいらないでしょ?

民のために身を粉に働くリーダーが本物。次元は違うが世の男性の中に、家族に対して「俺が働いて、食わしてやってる」という方は少し考えたほうがいいと思いますよ。だって、主婦の仕事を外注に頼んだらいくら支払わなくてはいけないと思います?

それぞれが役務を分担してるのであって、どっちが上とか、下とか言ってると時代に取り残されますから・・・

そうです、お互いに感謝するこころを忘れないようにいきたい。

そんな平和な日がきたら、孔明の志も成就するのかもしれない。

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posted by Koumei at 17:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
『星落秋風五丈原』土井晩翠ですね!!
大好きな歌です!!
koumeiさん、私のブログのお気に入りに登録していいですか?
Posted by PAPATY at 2008年10月06日 23:17
はじめまして。
今も岩波から出版されている「孫子」を注釈した曹操と比べて。
「三分計」は邪道のようにも思えます。
しかし美しいですね。
Posted by 南溟道人 at 2015年05月12日 21:53
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