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現代社会は、悲観主義や冷笑主義(シニシズム)に覆われているという。頭では、明るく前向きに生きる姿勢が大事なんだと分かっているのだが、なかなかそれが出来ないでいる。楽観的であることを蔑視する人もいる。何故、そうした風潮が広まったのか?楽観的に生きるとは、実際どのような意味なんだろう?
現代人はなぜ、物事を悲観的に、冷笑的にとらえてしまうのか?精神科医の先生は「一つの要因として、自分に自信が持てないことが大きいと考えられます。家族や友人に支えられているという信頼感がないのです。そこから、不安や不信の中に沈み込んでいく」という。
また、人間関係の希薄化も大きな要因だともいう。10年ほど前から、ひきこもりの人たちの診察が増えたそうだが、その人たちの中には、バーチャル(仮想的)な世界にハマることで、対人関係の中で癒されたり、傷ついたりしながら成長していく、という機会が減っている人も多いらしい。
これは、若者だけではなく大人でも言えるのではないだろうか?最近、一人住まいの人って結構いますよね。ある方が言ってましたが、「俺は、あなたと違って家族がいないんで、テレビと会話してるんだ」って。孤独なんだと・・・。テレビが友達とはまさに、バーチャルの世界に入り込んでいるのでしょうが、現実、どうしようもないのかも知れない。
どう思いますか?核家族になり、今後はもっと一人で生活を余儀なくされる方は増えるのでしょう。しかし、私は思うのですが、家族がいても“孤独”を味わっている人もいるし、逆に一人暮らしでも人生を謳歌してる人もいるじゃないですか(特に、女性が多いのかも)。この、分岐点はどこにあるのだろうか?
当然、個人差はあるのでしょうが、生来、女性のほうが芯は強いのかもしれない。例えば、連れ合いに先立たれた場合ですが、“奥さん”に先立たれた後の男性は落ち込む人が多く、死亡するまでの年数が女性より短いと言われていますね。生前、ご主人がいないと何も出来なかったという婦人が、一周忌、三回忌と時を経ることに元気で生活されている姿は、私も数多く見させていただいてます。
こうしてみると、一見、“強そう”な男性も自分に自信がない人が多いのかな?(これで、男性の敵を増やしてしまうのか)男性の場合、ある期間、仕事中心で生きることが多い。1歩、外に出ると人間関係の狭間にいる。「あまり、率直に意見を言えば、同僚や上司からの印象が悪くなる」「自分の考えた意見は、相手には正当に受け止めてもらえないのではないか」などと、心配や不安が先にたってしまい、仲間であるはずの人が否定的な存在に感じてしまう。そうなると、必然的に人間関係も表層的で薄っぺらいものにならざるを得ない。そして、定年後も変わることが出来ず、“人の輪”に入れない、コミュニケーションが出来ないということも言えるのではないだろうか?
心配なのは、若者だけではなく我々世代なのかもしれない。
家から1歩出てみよう、人と会って話をしてみようから始めてもいいのだろう。人と会って語り合う中で、安心したり、再び落胆したりとあるかもしれない。しかし、その繰り返しの中でこそ“己を知る”ことも“自身をつくる”ことにもなるのだから。
バーチャルな世界ではなく、生身の関係の中でこそ、頭で考えることと、気持ちの面での調和が図られ、自分らしい理想や目標も、さらには“自分自身”を理解することができ、周囲の環境に振り回される心配はなくなるという。そして、現実社会や他者との中で、自分を位置づけることができるようになる。
楽観主義とは“何とかなるから楽しくいこう”と誤解されている方もいるようですが、そうではなく何があっても悲観に陥ることなく前向きに捉え、着実に前に進むことが楽観的な生き方なんですから。
ということは、このブログもバーチャルになるのだろうか?読んだら感想をお願いしますね。
「そうだ、京都に行こう!」じゃないですが、そうだ、人と会おう!語り合おう!これも大事なんですね。
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アトピーで生まれた長女に15年無我夢中で治療&体操クラブの事で時間を惜しみ無く使い暮らして来ました。クラブを引退した中学3年後期から何もする事が無くなり、バニック病発生それからの3年間は地獄の様な日々…先生に言われた『楽観主義で』はこういう事だったんでしょうねぇ(^-^ゞ
現在は、ほぼ完治してます