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キルケゴールの書物に「現代の批判」というのがある。1800年代の半ばであるから、150年以上前のものである。
その中で、キルケゴールは「現代は本質的に分別の時代、反省の時代、情熱のない時代であり、束の間の感激にパッと燃え上がっても、やがて小賢しく無感動の状態におさまってしまうといった時代である」と二十世紀末の社会を洞察した。
また、「ふらふらと過ごしている人、うかうかと暮らしている人、官能の快楽を追う人、つまり、お上品で無気力なままに、人の世を生きている事実からあの意味もなくにやにやと冷笑をもらすほか、なんら深い印象を受けとらない、そういう多くの人たち」とも。
生きることへの情熱を失い、感動の心を失った人々。自ずと、享楽に向かい、シニシズム(冷笑主義)が横行していく。とても150年も前に書かれたものとは思えない。
彼は、こうした時代は「妬みというものが消極的な統一原理となる」と指摘している。
妬みは古今東西変わらないんでしょうかね。文豪のゲーテには3種類の敵がいたという。それも彼が分析をしたのだが。そのうちの一つが“嫉妬”である。彼いわく「数の上では大勢いるのが、私を嫉妬する連中だ。私が、幸福であり、私が自分の才能によって獲得した名誉ある地位についているのが、気にくわないのだ」と。
嫉妬って女性の専売特許と思いがちじゃないでしょうか。ある時聞いたことがあるのですが、男の嫉妬は厄介だ、男の嫉妬は真っ黒だ!って言うんです。「感情は絶対的なものである。なかでも嫉妬はこの世の中で最も絶対的な感情である」とはドストエフスキーの言葉ですが、人間の感情のなかでも、嫉妬は最も強い感情とされている。
個人差はあるのでしょうが、この“ヤキモチ”ってものはどこからくるんでしょうかね?シェークスピアの言葉をお借りしよう。「嫉妬というのはね、何かあるから嫉くなんてものじゃありませんわ。嫉かずにいられないから嫉くんです。嫉妬ってものは自分で孕んで、自分で生まれる化け物ですもの」とオセロの中で書かれている。
キルケゴールが喝破した現代はマスコミにも毎日のように報道されているように、生命軽視、モラルの崩壊、快楽主義、嫉妬社会になってはいないだろうか。そして、これらは決して他人事ではなく、自分が当事者になる可能性だってあるのである。人間である以上。
先日、どこかのお巡りさんが女性の下着を盗んで逮捕されとことが報道されてました。下着ドロボーって結構いると思うのですが、彼は地元では“人柄の良い”評判のお巡りさん。しかも、来春定年というのに・・・。「魔が差した」のか?ずっと抑えていたものが抑えられなくなったのかはわかりません。でも、“自分に負けた”んです。
本質的に誰もが心の中にある“化け物たち”をいかにするのか?コントロールできるのだろうか?この病いを克服する処方箋はあるのだろうか?
キリスト者であったキルケゴールは、個々の現代人が「宗教的内面性」「不動の宗教性」を獲得する以外にないという。やはり、宗派はともあれ行き着くところは“宗教”“哲学”なのかもしれない。
問題はどの羅針盤を手にするかが大事なのだろう。
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