2008年11月20日

キルケゴールの洞察

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キルケゴールの書物に「現代の批判」というのがある。1800年代の半ばであるから、150年以上前のものである。

その中で、キルケゴールは「現代は本質的に分別の時代、反省の時代、情熱のない時代であり、束の間の感激にパッと燃え上がっても、やがて小賢しく無感動の状態におさまってしまうといった時代である」と二十世紀末の社会を洞察した。

また、「ふらふらと過ごしている人、うかうかと暮らしている人、官能の快楽を追う人、つまり、お上品で無気力なままに、人の世を生きている事実からあの意味もなくにやにやと冷笑をもらすほか、なんら深い印象を受けとらない、そういう多くの人たち」とも。

生きることへの情熱を失い、感動の心を失った人々。自ずと、享楽に向かい、シニシズム(冷笑主義)が横行していく。とても150年も前に書かれたものとは思えない。

彼は、こうした時代は「妬みというものが消極的な統一原理となる」と指摘している。

妬みは古今東西変わらないんでしょうかね。文豪のゲーテには3種類の敵がいたという。それも彼が分析をしたのだが。そのうちの一つが“嫉妬”である。彼いわく「数の上では大勢いるのが、私を嫉妬する連中だ。私が、幸福であり、私が自分の才能によって獲得した名誉ある地位についているのが、気にくわないのだ」と。

嫉妬って女性の専売特許と思いがちじゃないでしょうか。ある時聞いたことがあるのですが、男の嫉妬は厄介だ、男の嫉妬は真っ黒だ!って言うんです。「感情は絶対的なものである。なかでも嫉妬はこの世の中で最も絶対的な感情である」とはドストエフスキーの言葉ですが、人間の感情のなかでも、嫉妬は最も強い感情とされている。

個人差はあるのでしょうが、この“ヤキモチ”ってものはどこからくるんでしょうかね?シェークスピアの言葉をお借りしよう。「嫉妬というのはね、何かあるから嫉くなんてものじゃありませんわ。嫉かずにいられないから嫉くんです。嫉妬ってものは自分で孕んで、自分で生まれる化け物ですもの」とオセロの中で書かれている。

キルケゴールが喝破した現代はマスコミにも毎日のように報道されているように、生命軽視、モラルの崩壊、快楽主義、嫉妬社会になってはいないだろうか。そして、これらは決して他人事ではなく、自分が当事者になる可能性だってあるのである。人間である以上。

先日、どこかのお巡りさんが女性の下着を盗んで逮捕されとことが報道されてました。下着ドロボーって結構いると思うのですが、彼は地元では“人柄の良い”評判のお巡りさん。しかも、来春定年というのに・・・。「魔が差した」のか?ずっと抑えていたものが抑えられなくなったのかはわかりません。でも、“自分に負けた”んです。

本質的に誰もが心の中にある“化け物たち”をいかにするのか?コントロールできるのだろうか?この病いを克服する処方箋はあるのだろうか?

キリスト者であったキルケゴールは、個々の現代人が「宗教的内面性」「不動の宗教性」を獲得する以外にないという。やはり、宗派はともあれ行き着くところは“宗教”“哲学”なのかもしれない。

問題はどの羅針盤を手にするかが大事なのだろう。
posted by Koumei at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

個々人の役務

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人生は“四苦八苦”といわれるように苦しみ、悩みのない人はいないですよね。仕事や病気、子育てなどさまざまである。心が折れそうになる時もあるし、もうダメかもしれないと思うときもある。

その困難をどのように受け止めるのかは人によって違うのだろう。他の人には乗り越えられるであろう問題も人によっては死を選択せざるを得ないこともある。

自転車プロロードレースのランス・アームストロング選手は、生存率3%というガンを乗り越えて、世界最大の自転車レース「ツール・ヂ・フランス」で史上初の7連覇を達成した。彼は何と言ったか?

「ガンは僕の人生に起こった最良のことだ」と言う。

何がそう言わせるのだろう?苦しみと楽しみは表裏一体といわれる。
ある人は「人生に、苦しみというものはある。苦しみがなければ、遊楽という楽しみを、しみじみと味わえないのである。そこが、よく解ると、生きていること自体が楽しくなる」といわれている。また、先日紹介した伊藤塾のモットーは「もうダメだと思うときこそ、ゴールが近い」だそうです。また、山登りにしても、頂上が見えてからが本当にきついものです。「もう限界だ」と苦しくなったときは、それだけゴールに近づいたのだと思ってほしいとも。

1999年に政治から引退したネルソン・マンデラ氏は南アフリカ共和国の大統領だったことは皆さんもご承知の通りですが、マンデラ氏は反アパルトヘイト運動により反逆罪として逮捕され、確か20数年の長きに亘り刑務所に収監されるという苦難を味わう。しかし、彼は釈放後も運動を再開し、民衆の支持を受け大統領となるのである。

よく、人生はドラマといわれますね。苦境を乗り越え最後はハッピーエンドを迎える。逆に、順風満帆の人生だった人があることが契機で奈落の底に落ちるということは現実に数多くある。最初からハッピーエンドだけでは感動も生まれないのでしょう。しかし、たまに、はまり役の人がいて“貧乏役”を、最後まで演じてしまう人もいるみたいだが・・・。

人にはそれぞれの役割があるのだろう。人は生まれながらに“宿命”を背負ってくる。前世の“負”をそのまま引き継ぎながら“今世”で悩み・苦しむと。そう考えると悩み・苦しんでいる人はみんな前世の報いを受けているんだなって思ってしまいません?確かに生命は輪廻するので、業を受け継ぐというのは道理に適っています。

ところがもう一つの捉え方があるんです。「私はこの世に生まれる前にお釈迦様の教えのすべてを学んで徳も積んでいるが、生まれるときには是非、娑婆世界(苦悩に満ちた衆生がいる世界)に生まれたい。せっかく人間の世界に生まれながら、地獄や修羅、畜生、餓鬼のような生活をしている哀れな人たちを救ってあげたい」という思いで、仏に強いられたのでもなく、他の誰かに強いられたのでもなく、自ら願ってこの娑婆世界に出てきた、いや、願って生まれて来たんだという捉え方です。

誰でも悩み・苦しみはあるのですが、それを乗り越え・勝ち越えていくことで同じ苦しみの人に勇気と希望を与え“立ち直らせる”使命を持っている人も、与えられ“立ち直る”使命の人もいるのでしょう。

同じ人間なのだが、業を自ら受けて生まれてきたのか?敢えて願って業を兼ね備え、人を導いていくために生まれてきたのか?いずれにしても、この現実世界にいるのである。まがいの人もいるし、顔や姿だけではわからないのだが、“一流は一流のみがわかる”と言われる様に世界のどこかで一流同士の「対話」はされているんでしょうね。民衆をどう導いていくべきか?と。

そう考えると誰一人“役割り”のない人はいないんですね。ただ、私も“何か”のはまり役だけで終わらないよう、起承転結のドラマを演じられる”名優”を目指さなければいけないな。

台本、脚本はどこにあるのだろう?

”ガンジス”のインドのお婆さんみたいにしましょうか? ”自分の胸を指す”そう、笑いながら”そっと、自分の胸を指す”これで、いいでしょうか?
posted by Koumei at 18:37| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

継続は力なり

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成功者は皆、「続ける力」を持っている。「続ける力」さえあればどんな夢でも叶うと司法試験界の「カリスマ塾長」の伊藤氏が教える、夢を実現させる生き方をお伝えしていきます。自分にも言い聞かせながら・・・。

まず、合格・不合格を分ける最大のポイントは「続ける力」があったのか無かったのかだといいます。当然、個人差はあるのでしょうが、不合格のまま終わる人のほとんどが、頭が悪かったのではなく、勉強を「続ける」ことができなかったんだと。

これは勉強にかぎらず、スポーツや芸術、またビジネスの世界でも同じですよね。成功し、勝利を手にした人は「続ける力」を持っている。では、なぜ多くの人が一つのことを続けられないのか?

私も一安心したのですが、続けられないのは“意志が弱いから”ではなく「続ける技術」を知らないからだと言うんです。

勉強だと基礎的な知識の暗記、野球だとキャッチボール・素振りなどブログだとキーボードの練習?いずれにせよどんな分野でも成長するためには退屈で単純なことを繰り返す必要がある。なので、普通の人は耐えられず諦めてしまうのだと。

どうすればいいのか?そこが知りたいじゃないですか。「続ける技術」退屈で単純なことを続けるコツを伊藤氏の話しから紹介しましょう。

1つ目は「ゴールからの発想です。たとえば、「3年後に司法試験に合格する」といった決着点の遠い目標では日々のモチベーションを維持しにくいといえます。そこで大切なのが、ゴールから逆算して計画を立てることだと。3年後に合格するためにはどれくらいの量の勉強をしなければならないのか予測し、1年後ならどのくらい、1ヶ月後なら、1週間後ならと逆算していって、今日は何をすべきかをきめることですと言われる。

何年後に買い物する為にいくら必要かと”お金”で逆算すると、より分かりやすいかもしれませんね。

2つ目のコツは「細分化」だという。これは「ゴールからの発想」にも通じることなのだが、目の前の1歩1歩に集中することだという。一度に多くのことに手を出すよりも、やるべきことを細かく分けて、順番に決める「細分化」方式のほうが効果的ですって。たとえ小さなことでも、一つのことをやり遂げればそこに達成感が生まれる。その達成感が「続ける力」につながる。

私もあれやこれやで一日にやらなければいけないことが多い時は、全体を考えるとパニックしそうになるが、正面から見て一つだけ、最初にやらなければいけないことに着手し、終われば次へといきます。“今、の時にやるべきこと”を1つづつやる。これですね。

三つ目が「習慣化」という。指先にトゲが刺さっただけで、気になって何事にも集中できないという経験は皆さんあると思います。トゲじゃなくてもどこかが痛くて集中できないって。人間は安定を求める生き物で、少しでも違和感があると行動に支障をきたすそうです。ゆえに、勉強や練習を「特別なこと」「例外的なこと」と思っているかぎりは、なかなか続かない。毎日の洗顔や歯磨きのように、「勉強や練習をやらなければ落ち着かない」と感じるまで「習慣化」できれば、目標の5割は達成したともいえる。

どうでしょうか。以上3つの「続ける」コツは参考になりましたでしょうか?

最後に伊藤氏は「夢を抱くうえで大切なのは、それが地位や名誉など自分の欲望を満たすためだけではなく、社会に貢献し、周囲の人の幸せにもつながる夢かどうかです。社会にとっても有益である場合、その夢はミッション、つまりその人にとっての「使命」だといえます。社会に貢献する「利他」の夢に挑戦している人には、いつしか手助けしてくれる人が現れ、夢の実現を後押ししてくれるものです」と。

助けて欲しいという前に、何事も挑戦し続けていくなかに、充実感や達成感が得られ自身の向上にもつながるのでしょうね。

働く・・・はたらく・・・傍を楽にさせるために、今日も働く!
posted by Koumei at 11:42| Comment(4) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

あなたはどちら派?

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劇作家の平田オリザ氏は、会話は親しい人同士のおしゃべりであり、対話は異なる価値観をすり合わせる行為と言っている。

そういわれれば、そうだなと納得した。日頃、自分はどうなのだろうかと考えるといかに“価値観が同じ人”との会話が多いのかに気付く。異なる価値観をもった人とは挨拶程度で、じっくり話をすることは少ないのかなと。

「忠臣蔵」で赤穂藩士らは松の廊下の事件までは「会話」だったのが、事件以降、藩が危機に陥り今後どうするかという段階になってから「対話」が始まったと言われている。

危機に陥らないことのほうがいいのだろうが、危機感もない、普段の生活の場で異なる意見を述べ合う時間、いや、気持ちが湧かないのだろう。「話すと感情的になるからやめとこう」なんて・・・。

これが個人の範疇ならばまだいいのだろうが、団体、国になるとやっかいですよね。「対話」がないから、相譲らない、諍い、戦争にと発展してしまうのかもしれない。元に戻って、個人と個人の「対話」こそ避けてはいけないのでしょうね。そういえば、我が家も最近「対話」が減っているな。

対話ということで、今、評判になっているのが「ブタがいた教室」という映画がある。実話に基づいて作られたのだが、1990年から大阪での話である。「ブタを飼おう! 大きくなったらみんなで食べよう!」。新しく小学校に赴任し、6年2組の担任となった熱血新米教師の星先生が、クラスの生徒28人の前でこう言い放った。ブタの飼育を通して、人間が食べることを考え、命を見直そうという試みのもと、スタートしたこの実践教育。

大量の餌やりや糞尿の始末など、様々な難問を乗り越え、子供たちは“Pちゃん”と名づけ、そのブタをクラスの一員としてかわいがり、200キロになるまで育て上げる。だが、彼らの卒業の日が迫ったとき、最大の問題にぶつかる。それは、一緒に卒業できないPちゃんをどうするかということ。親たちや学校を巻き込み、子供たちによる果てしない議論が始まる!という内容です。

そう、会話ではなく「対話」が始まるんです。

私は知りませんでしたが、当時、この経過を追ったドキュメンタリーがテレビで放映され、大きな反響を呼んだそうだ。監督をされた前田哲氏もこれに感動した一人だが、それだけに「あれ以上のものが作れるのか」と悩んだという。

東京国際映画祭で上映されたときから、子供たちの演技については“素の部分”を大事にしたと言っていた前田監督。「実際の撮影までの時間をどう過ごすかが重要でした。毎週土日はリハーサルをして、自分の思いを言葉にして表現してもらう練習をしました。みんなに、“こういうセリフを言ってごらん”と言えば、それなりに上手に言えるんです。でも僕自身、心から出たものしか心に届かないという確信があったので、実際に自分が思うことを自分の言葉で表現してもらうという練習を撮影まで散々やりました。実際の撮影は、もうライヴのようなもので、カメラを何台も用意して、後は星先生にお任せして、よーい、どん、でやってもらいました」と、その演出方法について語っておられた。

ライブのようなものでと言われていますが、子どもたちには台詞が白紙の脚本が渡されたそうです。作られた台詞を上手にいうのではなくその子供たちからでる、真剣な“心の言葉”こそが相手にも通じていくのだと思う。

子供たちは卒業が近づき、育てたブタの処遇をめぐり、「食べる」「かわいそう」と激論に。このシーンが圧巻だそうだ。それは台詞ではなく、自分たちで考えた“自分の言葉”でのもの。それが見事に「対話」になっているという。

会話より対話。自分と合わなければ“排他”ではなく対話を通して歩み寄れることもあるのではないか?意外なところで共通点も見い出せるかもしれない。怯まずに“対話”をしたいものだ。

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posted by Koumei at 12:04| Comment(1) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月05日

心の師匠はいますか?

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「やる気」が起きない、と言う人が増えている現代。では、「やる気」を出す方法はあるのか?――今、話題の脳科学者・茂木健一郎氏が、ある番組で、その秘訣を語っていた。

各界で成功を収めている達人、プロたちの言葉や振る舞いを通して思うことは、まず、はっきりとした「目標」を持つことだという。しかも逆境の中でやる気を保ち、栄冠を勝ち取っていくには、心に「師匠」がいることが重要である、と。

脳科学的には、目標となる師匠の良き振る舞いを見ていると、脳内の「ミラーニューロン」という神経細胞が反応し、弟子の自分も同じように振る舞うようになるという。それが知らず知らずのうちに、能力アップ(成長)にもつながると考えられている。

師弟の関係は、師匠が「針」であり、弟子は「糸」だと言われる。
師匠を持つことが、いかに大切で幸福であることか。師匠とは「闇の中の『灯火』のような、船が難破しないための『錨』のような存在」ともいわれている。

ここで投手3冠(最多勝利、防御率、勝率)で沢村賞を獲得し岩隈投手の心温まる話を紹介したい。彼が3冠を手にした時に心にあったのは「感謝」だけだったそうだ。それはブログをみてもそのように書かれている。誰に感謝しているのか?チームの仲間に、応援してくれたファンの方々に、家族に、そして“心の師匠”に!

彼は、東北楽天イーグルスに移籍したのは2005年です。その翌年ルールが変更され、投球ホームを変えざるをえなくなったという。今までがすべて台無しになった。

2006年はわずか1勝。

翌2007年は“エースは勝たなければ!”と焦りからか無理を重ね、
5勝という成績であった。シーズンが終わると、ひじを曲げただけでも痛みが走った。右腕の骨が曲がっていたそうだ。

“もう、ダメか”と絶望に押し潰されかけた。自分を見つめなおし、不甲斐ない自分を猛反省した。

2008年の今年、キャンプを終えて帰宅したときだった。4歳の娘が小さな手で渡したくれたものがあった。大きな色画用紙である。普通なら“パパの顔”が相場なんだろうが、「冬はかならず春となる」−手作りの絵本であった。開くと花びらの形にちぎった桃色の和紙がびっしり。娘は「桜の花だよ」。夏は緑、秋は茶、冬は雪の白・・・。

妻が微笑む。目頭が熱くなった。“支えられている!”その瞬間に気付いた。どれだけ多くの人が自分のために・・・・。
肩がすっと軽くなった。“応えたい!”思いが膨らんでいったという。

彼には“心の師匠”がいる。ある時、「勝ちたいのかどうなのか」と問われた。そして、不安を引きずる弱さを見透かすように、「不安など、放っておけ。強くなりなさい!」と激励を受ける。「頑張ります!」と返事をしながら、固く心に誓っていた。−必ず勝つ!と。その日は彼の誕生日でもあった。最高の激励を受けて以来、“どうすれば応えることができるか”と心が定まった。

それからは、ヒットを打たれても、ランナーを背負っても、投球の瞬間、不安がかき消えた。眼前の「一球」に集中できたという。今季の勝利は、全魂の「一球」の積み重ねであった。

彼は、北京五輪への出場が果たせず、涙を飲んだ。しかし、その時も“心の師匠”は「後になってみなければ、勝負は分からない」ともいわれていた。

あとは、皆さんご存知でしょうが、10月5日、201イニングで21勝をあげた。23年ぶりの記録を打ち立てたのである。

もちろん彼は、ウィニングボールを“心の師匠”に届けるのであった。
家族やさまざまな人に支えられての結果とは思うが、やはり、師匠と弟子の絆ほど強いものはないのだろう。数ある「生物」のなかでも「師匠」をもてるのは人間だけだそうだ。

あなたには“師匠”はいますか?

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posted by Koumei at 18:09| Comment(3) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

二宮尊徳の実像

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二宮尊徳はどんな人だったかご存知ですか?私の通った小学校の校庭の隅に銅像が置いてありましたが、柴を背中にかつぎ読書にふける小柄な人で“勤勉”を象徴するためにあったのだろうというイメージぐらいしか知りませんでした。

他に額に汗を流して田畑を耕している努力の人。
精錬潔白で無欲な人。
どんな辛いことも我慢できる忍耐の人。とのイメージが今も残っているそうなのだが、これらは事実とはかなり異なっているらしい。

実像は身長は6尺、今で言えば180センチ以上で当時としては巨漢であった。

少年期の1時期を除き、ほとんど耕作はしていない。田畑は所有してたのだが、みな小作に出し、自ら鋤鍬を持つことはなかった。

慈善家ではなかった。今でいうところの信用組合を日本で始めて作るなど、私的基金による金融業を事業として行い、その資金で各地の荒地の復興をしている。

どちらかというと頑固な性格だったそうだ。時にそれが災いして、上司とそりが合わずに、現代でいうところの出社拒否症に陥ることもあり、晩年には胃潰瘍を患ったりもしており、ストレスに強かったとは必ずしも言えない。

どうだろうか、かなりイメージが違いますね。最初のイメージになった理由として、彼は有力な武家の出身ではない。単なる一介の百姓から武士に取り立てられた。それがひとかどの人物になったということで、貧乏人の子どもの努力目標とされたのだろうと言われている。

彼は、江戸時代の幕藩体制という与えられた制約条件の中で、自分の責任でできることを最大限に行った人であった。封建制度のもとでは彼自身本当の権限は持っておらず、藩主や幕府に命令されて動く一つの駒に過ぎなかったのである。

その点では巨大な会社組織に生きる現代のビジネスマンと同じであり、その枠組みの中で彼自身がコントロール可能なことを成し遂げたことが評価されたのである。決して時の政治権力に文句を言ったり、革命を説いたりはしなかった人物であった。


本当の二宮尊徳をまとめると以下のようになるらしい。

・ 二宮尊徳は世界で始めてQCを実践した人である。
・ 二宮尊徳は日本で始めての銀行経営者である。
・ 二宮尊徳は再建の神様である。
・ 二宮尊徳は優秀なプロジェクトリーダーである。
・ 二宮尊徳は有能な経営コンサルタントである。
・ 二宮尊徳は多くの著作を残した作家である。
・ 二宮尊徳は偉大なる思想家である。

私も彼については“勤勉な子ども”のイメージしかなく勉強になりました。皆さんはいかがでしたか?

再建の神様といわれる所以は、一言で言えば、関東周辺十一ヶ国に及ぶ、荒廃した農村の復興である。今日で言えば、傾いた会社を次々に立て直していったといったところであろうか。

最後に二宮尊徳の人となりの一端を紹介します。

彼は、要領よく仕事をこなす者より“人のために”との心で、皆が嫌がる仕事にも、懸命に励む者を高く評価したようだ。荒廃した村の再建を任されていた時のことである。

ある人物より“信じられないほど多くの仕事をする”男を紹介された。彼を表彰してはどうかと促された尊徳は、「私の目の前で働いてみよ」と命じたのである。

男は偽りを認め、「監視役員の見ている時だけ懸命に働いた」と白状したのである。

何故、尊徳はごまかしを見破ることができたのか?

それは、彼が村人たちと苦労を共にしていたのと、誰よりも早く田畑に出て働き、最後まで残った。一人の人間ができる仕事の限界を知っていたからウソを見抜くことが出来たというのだ。

これを聞いて私は、働く側の人間として、また、一人の人間として「誰も見てない」から手を抜くのではなく、見ていようが、なかろうが自分に偽りなく、成すことをやろうと、気持ちを再度確認させてもらいました。

また、今のリーダーには尊徳のように“現場第一主義”に徹した人に国を任せたい。先の仙台、宮城沖で起きた地震の際に民主の小沢代表は地元にもかかわらず「現地視察」も「見舞い」にもこないで、政権奪取だ政権奪取だといっても誰もついてきませんよ。「国民生活が第一」っていってもあなたのウソはいつかばれるのだから・・・

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posted by Koumei at 12:20| Comment(5) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月12日

ガンジーのエピソード

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ある会議の前、ガンジーが何かそわそわしていた。あたりを見回したり、机の中をのぞいたりしていた。

「何かお探しですか?」

「そう、鉛筆を探しているんじゃ」

「ああ、それなら」。その人は自分の鉛筆を差し出した。「どうぞ使ってください」

しかし、ガンジーは「それは私が探している鉛筆ではない」と言う。

しかたなく、その人は鉛筆を一緒に探してあげ、やっと見つかった。
それは、わずか3センチほどの「ちびた鉛筆」であった。「あった、あった」とガンジーは喜び、何故、探したのか、その理由を説明するのである。

ガンジーが独立運動への援助を呼びかけ、各地を回っていた頃に、一人の少年が、この鉛筆を「どうぞ使ってください」と寄付をしてくれたとのこと。その子にとっては大事な大事な鉛筆を寄付してくれた。
「その心を私は忘れないのだ」と。


これはガンジー研究家で有名な森本氏(名城大学名誉教授)が紹介されているエピソードである。

どれほどの寄付が集まったかはわからない。しかし、ガンジーは3センチほどの「ちびた鉛筆」を単なる「もの」とは捉えず、少年の熱い「心」と受け止め、どんな高級な万年筆よりも大切な宝として持っていたのだろう。だから「書くための鉛筆」ではなく、「宝の鉛筆」を懸命に探したのだ。

ガンジーは「心こそが大切」との信念のもと、独立運動や非暴力運動を展開されたのだと思う。

彼は独立運動の最中に起こるさまざまな局面で、運動する国民の心が憎悪や臆病に汚されていないかを常に問題としていたそうだ。

「目には目をが誤った思想なのだ」

「命を失おうとも、魂は失うな」と教えた。平和を創るにも「平和な心」と「平和的手段」でしか為し得ないのだと訴え続けるのだった。

薔薇の花がほしければ、薔薇の種を植えよ。戦争で憎しみの種をまいて、どうして平和の樹が育とうか!

ガンジーは観念論者だったのだろうか?そのように彼を冷笑した人もいた。非暴力など非現実的だと・・

21世紀は「平和の世紀」にしなければいけないと言われている昨今ですが、一体誰がやるんだろう?

ある識者はこのように語っている。

文明間の衝突でもなければ、「テロ」対「対テロ戦争」でもないはずである。

挑戦すべき焦点は「暴力」対「非暴力」の競争にある。

「力ずくでという傲慢」対「対話する勇気」の競争である。

「人間不信」対「人間信頼」の競争である。そして、これこそが真の「野蛮」対「文明」の戦いであろう。と述べています。


どうでしょう?私たち自身が取り組めることではないでしょうか?テロはともかく非暴力も対話する勇気も、人間を信頼することも個人レベルで挑戦できるのではないだろうか?

こころの変革は簡単ではないだろう。自身の中にある傲慢、不信、憎む心等々と、他ならぬ自身が戦わなくてはならないのだから・・・

多くの人がそのことに気付き挑戦する中で、家庭、地域、社会、国の平和につながる事を信じて挑戦しようではありませんか?

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2008年09月29日

あなたは何に「縁」する?

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昨夜は早くから床に入りバタンキュー。よく「寝る子は育つ」って言いますが、私もまだまだ成長期なんでしょうか?

と言うことで、今日の記事はぶっつけ本番なんです。乱文になろうかと思いますが、皆さんの読解力でまとめ上げて下さいね。

昨日の「7種類の妻」に対して数名の方からコメントいただき有難うございます。すべてご紹介できないのが残念ですが、1つだけご紹介させていただきます。

人には色んな命が備わっていると
いいます
夫にせよ、妻にせよ
一瞬一瞬の縁に触れ
7種類に変化するのでは
無いでしょうか?


とのコメントをいただいたんです。まさに、その通りだと思います。
人間、生まれながらにして“悪人”ではないのでしょうね。毎日、毎日。一瞬、一瞬にさまざまな“縁”に触れて人格が形成される。そして、おおまかに7種類の“傾向性”になるのでしょう。

となると、どのような“縁”に触れるのかが問題ですね?「朱に交われば赤くなる」「蘭室の友」と言われますが、どの環境に飛び込んでいくのかは、それぞれが自由に選択をするのだから。自分の道は自分で決めているんですね。ですから決して人や環境のせいには出来ない。

例えば、希望をもって結婚をする。ところが“こんなはずじゃなっかた”と連れ合いと別れ、お互いを罵り、攻める合う。でも、「そのような方」を選んだのは自身なんです。ならば、自身が変わり、違う傾向性の人を選択し直すことが大事だと思いませんか。

これは、職業でもサークルでも組織でも同じことだと言えます。

必ず、自分がどちらかの道を選択し、決めているのだから・・・

話しが言いたいことと少し違う気もしてきました。

“縁”に触れるっていろいろあるじゃないですか。テレビのチャンネルを回す(あっ、また古い言い方だ)といろんなジャンルのものが放映されて、選択して観る。そして、テレビという媒体に”縁“して泣いたり、笑ったり、怒ったりと、あたかもタンスのひき出しからだすように様々に「こころ」が動きますよね。

ところで、「こころ」のひき出しってどれぐらいあると思います?

人によってその数は違うのだろうか? それとも・・・

これ、質問にしちゃってもいいですか?また、ご意見、感想でもコメントくださいね。

ヒントになるか分かりませんが、チャップリンの映画で「ライムライト」という作品があります。

あるバレリーナがショックがもとで足がマヒし、もう踊れないことを悲観し自殺を試みる。そんな彼女を老人の道化師役のチャップリンがこう励ます。

「宇宙を運行させ、地球を回し、木々を育てている力と同じ力が、きみの中にもあるんだ!」と。

そして、彼女は再起し一流の“踊り子”と変貌していくのである。

この小さな一人の人間の中に、宇宙と同じ力が?チャップリンの台詞が正しければ、「こころ」のひき出しの数もかなりあるのでしょうね。


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2008年09月24日

ある婦人の「選択」

225px-Rosaparks.jpg今から53年も前のアメリカでの話。ローザ・パークス女史は1955年12月1日午後6時ごろ、百貨店での仕事を終えて帰宅するため、いつものように市営バスに乗車した。(写真はウィキペディアより引用)

彼女は、アラバマ州でアフリカ系アメリカ人で大工の父ジェイムズ・マコーリーと、教師の母レオーナの間に生まれた。両親は間もなく離婚し、農業を営む母と母方の祖父母のもとで弟シルベスターとともに育ち、16歳で縫製工場に就職した、いわゆる普通の黒人女性であった。

バス内は白人席と黒人席に分けられ、中間の席には白人がいない時は黒人も座ってよいことになっていた。黒人席が一杯だったので、ローザが中間席に座っていると、白人が乗って来始め、立つ者も出てきた。このため運転手ジェイムズ・ブレイクが中間席に坐っている黒人に立つよう命じる。座っていた黒人四名中三名は席を空けたが、ローザは立たなかった。

運転手ブレイクがローザのところにやって来て「何故立たない?」と詰問し、席を譲るよう求めたが、ローザは「立つ必要は感じません」と答えて起立を拒否したのである。

1987年のテレビ番組でローザは、「着席したままだった私に気付いたブレイクが何故立たないかと訊ね、『立ちません』と答えました。するとブレイクは『よろしい。立たないんなら警察を呼んで逮捕させるぞ』と言ったので私は『どうぞ、そうなさい』と答えたんです」と、述懐している。

いつもは譲っていたのだろうか?それとも、中間席には座らなかったのだろうか?何が彼女に「ノー」と言わせたのか?それはやはり、母親の影響が大きかったようだ。

母親からは「人間は苦しみに甘んじなければならないという法律はないんだよ」と教えられ、そこに彼女の、差別には反対なんだという、「人権」に対する根っこがあったのかも知れない。

1992年に出版された自伝においてもローザは、疲れていたから立たなかったといつも言われるがそれは事実ではなく、普段と比べても疲れていなかったとし、また年寄りだったから立たなかったとする指摘にも、まだ42歳で若かったと反論。「屈服させられることに我慢できなかった」からだ 、と述懐している。

この中間席に座っていた他の3人は男性か女性かはわかりません。近年は女性が強くなっていることは、皆さんも認めることと思いますが、男性の皆さん、自分が黒人だとして、この時の場面でどのような行動をしますか?

民族の違いもあるので難しいですよね?

日本人の感覚だと、男性は縦社会に生きてるので上には逆らわない、長いものには巻かれろ的な考え方があるので、私も含めて多分白人が乗ってきたら席を立つんじゃないでしょうか?いつも黒人は一段下、文句を言おうものなら、殴られ、吊るされ、殺されかねない状況下。「自分一人が何をやっても変わらない」という中で、俺は立たないと言われる方は是非、コメント下さいね。

しかし、女性は男性と違う(当り前か?)。全てとは言わないが、女性はあまり身分や肩書きで左右されないが、男性はその身分とか肩書きに弱い。したがって人の評価、物事の判断に対して黒白、イエス・ノーがはっきり言えない空間に生きてる。いわゆる“グレーゾーン”が得意なんです。まぁ、まぁとか、しょうがないじゃないかと・・・ところが、女性には利害がない空間に生きてる人が多いので、悪いものは悪い、違うものは違うといえるんでしょうね。

21世紀は女性の時代と言われていますが、世の中を変えるにはもっと多くの逞しい女性が台頭してこなければいけないのかも?それぐらい男性はずるいままでここまで来てしまったのかも知れない。政治も、経済も、ビジネスも含めて。

話はもどりますが・・・

ローザ逮捕の知らせが伝わると、モンゴメリーのバプテスト教会で牧師に着任したばかりで26歳のマーティン・ルーサー・キングらが抗議運動に立ち上がり、モンゴメリーのすべての黒人にバス・ボイコット運動を呼びかけた。

以前にも黒人がこのようなことで逮捕されていたが、素行の悪い者が多く、運動としては盛り上がらなかった。ローザの場合はまともな職業婦人であり、NAACP書記でもあったから関係者が迅速に動いたのであろう。

当時貧しい黒人にとってバスは必須の交通機関で、利用者の75パーセント以上を占めていたにも拘らず、その黒人たちがバスを利用せず、黒人の車に同乗したり、どこへ行くにも歩いたりしたため、バス路線を運営するモンゴメリー市は経済的に大きな打撃を被った。

ローザ側は市条例違反の判決に対し、バス車内の人種分離の条例が違憲であるとして控訴をする。1956年に連邦最高裁判所は違憲判決を出し、公共交通機関における人種差別を禁止することになったのである。

このボイコット運動は381日間続き最高裁の違憲判決の翌日に終わるが、キング牧師はこの運動の勝利を契機として、全米各地での公民権運動を指導、非暴力直接行動と市民的不服従をかかげ、1963年8月28日、ワシントン大行進で25万人を集めた抗議集会を開催。

アメリカの黒人運動は、一婦人の勇気ある「ノー」の声から始まった人権運動の歴史は最高潮に達し、1964年の公民権法成立につながったのである。

今や、活躍されている黒人はスポーツ・映画・音楽等様々な分野で認められ、脚光を浴びていますがこれも長きに亘って続いた「人種差別」に立ち向かった“民衆”がいたからだろう。

“民衆”は偉大であることを日本の偉い方にも知ってもらいたいものだ。

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posted by Koumei at 09:46| Comment(2) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月17日

「心の元気」を取り戻せ

日本政治の求心力が急速に失われつつある現在。どうしてなんだろか?それは、指導者層の存在感が薄くなったこととも言えるのではないだろうか?

ダメになった日本人。しかし、ケネディ大統領クリントン大統領が尊敬する日本の政治家がいたんです。


誰だと思います?


180px-Uchimura_Kanzo.jpg
内村鑑三
が明治末年に英語で「代表的日本人」を書いたものを大統領達は読まれたらしい。

当時、日本は日清・日露の戦争で勝って軍部が増長してしまった。明治政府の考え方は「富国強兵」。

「富国」は国が豊かになれば国民も豊かになるからいいけれども、問題は「強兵」日本は軍事大国になってどうするんだ?

そこで、内村鑑三は、日本人はそんな民族じゃない、優しくて思いやりのある民族なんだということを世界に知らしめようと、政治の分野から西郷隆盛、地方大名の上杉鷹山を、農民思想家で二宮尊徳、地方教育者で中江藤樹、宗教人で日蓮を選んで書いたそうだ。

大統領が尊敬する、日本の政治家は米沢藩主の上杉鷹山なんです。

彼は「住民は大名や役人のために存在しているのではない。住民のために大名や役人が存在しているのだ」という考え方、生き方なんです。

鷹山には細井平洲という先生がいた。彼は先生から教えられたのは、
“政治家というものの心構えは、「愛民」以外ないよ、常に住民の親の気持ちになって、住民の苦しみや悲しみを自分のこととして受け止めなさい”と。たった、これだけなんです。

ある時、米沢藩が財政難になったときに鷹山と平洲先生が相談したのは、藩財政の赤字克服は大事だけれども、住民の心もギスギスしていて、弱い人や苦しい人に対する優しさ、思いやりに欠けるようになっている。だから、バランスシートの赤字だけではなくて、住民の「心の赤字」も克服しよう。と


どうです?どこかの国の偉い方や、どこかの会社の偉い方にも見習って欲しいと思いません?


そして、二人は教育に力を入れる。「人づくりは木づくり」とは有名な言葉で、人を育てるには苗木を育てるのと同じように「木くばり」が大事だと。

例えば家に3人の子どもがいたら、親にとってそれは大事な3本の苗木なんだから、まず、この子は“何の木”かということを見抜くことで、この子はヒノキ、この子はスギ、この子はクヌギだな。そうすると、木によっておのずと肥料から違ってくるでしょう?と

それと、剪定(せんてい)が必要な木もあれば、添え木が必要な木もある。それと同じように、それぞれの子どもに応じた育て方をしましょう。と、当時は勉強する校舎なんてありませんから、庄屋さんの家や縁側、お寺の庫裡、本堂、お宮の境内等を活用しながら教育をしていくんです。

財政の赤字は、政治家が我々のためにしっかり働らいていただき、私たちは身近なところから、お互いの「心の赤字」と向かいあっていきながら、「心の元気」を取り戻す作業はできるのではないだろうか?


すべて、他人任せでは世界の笑いものになってしまうかもしれない。


大人だって、校舎のない“学び舎”で勉強も必要なのかも?

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posted by Koumei at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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